ニューヨーク移住編その1 by Shu Sakae
- 2020.11.18
- アメリカ移住者の声「Hello!アメリカンライフ」
グリーンカードジェーピーのアンケートでもアメリカで住みたい所として、常に上位にランクインするニューヨーク。
シンボルになっている自由の女神像がまっ先に思い浮かび、都会的でアメリカの中心というイメージがありますね。訪れたことがある方も多いのではないでしょうか。
今回はそのニューヨークに移住して20年目の栄(Shu,Sakae)さんにアメリカ移住を決意した当時のお話しを伺いました。
初めてニューヨーク行ったきっかけは?
僕は日本で大学在学中に英語の勉強と音楽をやってたんですが、3年間大学に通った後に1年間休学して本格的に英語を学んでみたいと思ったんです。そこから留学先の候補を考えたんです。
例えばオーストラリアやカナダなどはワーホリの制度もあって長期滞在しやすいですよね。英語だけならフィリピンなどアジア圏でも学べます。
しかし僕は、どうせ行くなら世界中の人と多く出会える機会にしたかったので、候補としてはニューヨークとロンドンが浮かびました。そうして最終的には英語と音楽という興味から、芸術にも係わりが深いニューヨークが一番魅力的に思えたんです。
そういう経緯から22歳の時、98年から1年間ニューヨークに語学留学することにしました。
その当時、留学して最大の成果は?
今になって思えばあの時の留学体験は人生の中でも非常に大きな意味があり、短いようで、すごく長く、様々な体験をした一年でした。あっという間に過ぎたというのではなく、毎日がめまぐるしく変化していました。
目的は英語の上達というのもありましたが、若かったとこともあり、行く前から現地でガールフレンドを作ろうと決めてたんですよ(笑)
英語を学ぶ上でも現地でネイティブスピーカーと交際するのは上達の最短コースということを考える人は多いと思います。
僕の場合は幸運にも、4月に留学をはじめて、6月には当時の留学先だった学校で職員をしていた女性と付き合うことになったんです。
振り返れば、この出会いが今の自分に繋がってるので、一番の成果と言えるのかな。
1年後には日本に帰国しなければならなかったんですよね?
あの時は本当に辛かったです。最初からわかってはいたんですが、留学期間は1年だったので、彼女と付き合って10ヶ月目には別れがやってきました。
99年に帰国したのですが、その時になるとそれまで生まれ育ってきて、何もかもがフィットしていたはずの日本の生活に違和感を覚えはじめました。どうも日本の生活がしっくりこない。
当時はSNSやスマホもないし、電話するにもかなり高額な料金が掛かってましたが、それでも僕は彼女のことを想い続けていたから、国際電話ですね。話すことしかできなかったけど、遠距離恋愛が続きました。
早くニューヨークに戻りたい。そう想いながら2000年に大学も卒業したんです。
この段階でほぼアメリカ移住を決意された?
生まれ育って大学3年間までの22年。その後ふとしたきっかけでニューヨークに渡り1年の留学生活でしたが、自分の人生はこの1年で決まったと思います。
大学卒業後も、とにかくニューヨークに戻りたくて、がむしゃらに行動していました。一生を委ねるような就職先も探さず、渡航資金をかき集めるために効率を重視して職種を選定して、お金を貯めていきました。今思えば、あの仕事はちょっとグレーだったのかな?と思えるようなこともありますね(笑)
まあ、冗談も入れながら話さなければ耐えられないような過酷な時期もあったのは確かです。当時は世界的にも情勢が荒れたころでした。
そうしていよいよ資金も貯まって、ニューヨークに戻ろうと思いB2ビザの取得申請を準備していた時に2001年9月11日のアメリカ同時多発テロが起こったのです。
911の状況下でニューヨークに渡って大変だったのでは?
自分の中では計画が優先ですから、あの911テロの衝撃的なニュースが流れた時にも、行くのを止めようと思うよりも早く現地に駆けつけたいと思いました。ニューヨークで暮らしている彼女のことや友人の事が気がかりでした。
日本では家族や友人がこんな時にニューヨークに行くなんてどうかしている、正気の沙汰ではないと心配して引き留めようとしました。
この時僕は25歳だったんですが、今思えばその若さもあって決断したのだと思います。2001年の12月、911のインパクトが冷めていない中でしたが、ためらいなくニューヨークに戻ったんです。
現地に着くと、今でも目に焼き付いている光景ですが、当時のニューヨークは911の後始末が続いていて、がれきと焦土、あちこちにUnited We Standの合い言葉がありました。
あれほどの攻撃を受けてもニューヨークの人達は団結して、すぐに立ち上がる決意をしている。その強い意志と愛国心を感じました。
ここで生きて行こう。僕自身も自分の中で決めていた覚悟がより強固なものになった感じがしました。生きる術もすべてここで探して身についていくだろう。そういう思いが感覚的に強く自分に刺さったのを覚えてます。
大学在学中から、語学力の鍛錬と同時に多国籍な文化に触れたいという思いから、ニューヨークへの留学を思い立ち、その後の人生に大きく影響を与える事となったニューヨークでの留学経験をした栄さん。
世界的にも歴史に残る911の混乱下にニューヨークに戻った時、目に映ったのはそこで暮らす人々の強い決意と行動でした。
しかし彼が対峙することになる現実は更に厳しいものでした。
次回はニューヨークに戻り、移住を始めてから永住権を取得するまでの苦難の日々についてお伝えします。
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